私たちには知識が必要ですが、人々が知識を実際に体験していないのを見るのはとても残念なことです。誰でも簡単に哲学を話すことができます。実際、多くの人々が哲学を話すことを楽しんでいますが、それは古い宗教が新しい宗教に置き換えられただけです。-JZ・ナイト
JZ・ナイトによる学校の説明(2)
光には7つのレベルがあり、全ての光が情報を持っています。純粋なエネルギーなど存在しません。つまり、どんなエネルギーも情報を持っています。「エネルギーと情報」、「エネルギーと意識」はセットで存在しています。
私たちが自分の創造力を手放し、他人に力を与えるにつれて、私たちは家畜の群れのような存在になっていきました。その結果、私たちはどんどん力のない存在になっていき、人類の進化は全体として止まってしまいました。
したがって、私たちに必要なのは、自分自身の力を取り戻すこと、そして創造者に戻ることです。私たちは文化や宗教的信念や性別や国境の中に中に捕われてしまっていますが、それらは遺伝子レベルで代々受け継がれてきたものです。それらの枠の外に出ることは、私たちにとってこれまで危険とされてきましたが、私たちはそれらの枠の外に出る必要があります。
ひとたび何かを体験すれば、それは既知の体験となり、それをもとに、私たちはさらに偉大な創造を行います。それが進化です。既知の体験を繰り返すことは、進化ではありません。
脳は偉大なコンピューターですが、私たちは脳の10分の1しか使っていません。私たちは自分の未完了の感情を完了するために、特定の時代の中に転生しますが、私たちは本来「光のボール」、つまり「意識とエネルギー」であり、それが脳を「着て」いるのです。私たちが自分自身について知れば、私たちは脳の中にある別の部分、脳の中の「別の地区」に移動することができ、異なるプログラムを起動することができます。すると、その新しいプログラムがDNAの暗号を変えます。
これについてもっと知るためには、実際にそれを体験する必要があります。人は理論的な哲学だけでは進化できず、哲学を実際に体験する必要があります。それこそが、この学校で教えている訓練の目的です。哲学を実際に体験すれば、それが「自分の真実」、「自分の現実」となり、人はそのときはじめて、進化することができます。
この地球上には65億の人間がいますが、全員が、他人と異なる自分だけの「電話番号」を持っています。つまり、誰もが「独自の振動数」を持っています。私たちはそれを「特定の振動数」と呼んでいます。これはつまり、あなたは他の人々とは異なる独自のプログラムを脳の中で走らせているということです。
自分の振動数は自分だけのものであり、誰も自分と同じ振動数は持っていません。似たような振動数を持つ人々はいますが、完全に同じ振動数を持つ人間はいません。私たちが肉体の中に転生するとき、未完了の仕事と完了した叡智の両方を持ってきますが、それらが私たちの振動数を決定します。
あなたが脳と肉体の機能の仕方を知らなければ、あなたは自分自身を知ることはありません。さらに、脳とともにDNAがどのように機能するかを知らなければ、あなたは自分自身を知ることはありません。また、現実が創造される仕組みを知らなければ、あなたは自分自身を知ることはありません。
脳の中でプログラムを変えることを、私は「脳の中で住む場所を変える」と表現しています。それは言わば、「アップタウンへの引越し」、「高級マンションへの引越し」です。それは偶然に任せるものではなく、確固とした決断です。
私はかつて肉体を酷使し過ぎて慢性的な病気に陥っていましたが、脳の中の別の部分に引っ越すことによって、病気を完全に克服しました。私は「観察者」として、自分の脳の中にある「一度もタバコを吸ったことのない部分」に引っ越すことによって、完全に健康になりました。今の私は、「これまで一度も病気になったことのない人間」です。
私たちの脳は「神のマインド」の全てをダウンロードしており、私の脳の中には、すでにそのようなプログラムが入っていました。したがって、私は脳のその部分に引っ越せばいいだけでした。その部分に引っ越せば、脳が新しいホログラム、つまり新しい思考を発火させ、観察者がそれを観察することによってDNAの新しい部分が開かれます。そして、細胞は新しいタンパク質を作ることになります。それらの新しいタンパク質が、私を新しく作り直すことになります。
私たちが学校でやっていることは、チャンティングではなく、瞑想や黙想でもありません。私たちがやっていることは、能動的な行為です。なぜなら、神は休んでいるのではなく、つねに活動しているからです。私が脳の中で新しい部分に引っ越すためには、「私はこれまでずっと健康だった」と言う必要があります。「これまでずっと」と言うことによって、健康の経歴しか持たないニューロネットを発火させることができます。
富を得るためには、「富の振動数」になる必要があります。脳の中には、それらの振動数を生み出せるプログラムが既にダウンロードされています。健康であれ、富であれ、未来であれ、若さであれ、何であろうとそれを実現できるプログラムが既にダウンロードされているのです。それらは既に脳の中にあるので、私たちは目覚めて、「これが今の自分である」と宣言すればいいだけです。
脳の中で完全に引っ越すためには、私たちは自分が持つ信念体系や、文化や、ニューエイジの信念などを全て捨て去る必要があります。それらを捨てない限り、私たちは「古い地区」の中に捕われたままです。
「私はこれまでずっと、とてつもなく裕福だった」
「私はこれまでずっと、完全に健康だった」
「私はこれまでずっと、喜びの状態で生きてきた」
と宣言することによって、私たちは実際にそうなることがでます。つまり、これらの宣言によって、脳の中の眠っていた部分が発火するのです。そして、そのような「歴史」、そのような「経歴」を発火させることになります。それらの歴史は、脳の中に既にダウンロードされています。そして、観察者(神)として私たちは、発火した絵を観察します。思考は現実の設計図であり、観察者が観察するためにそれは存在します。観察者が思考を観察すると、量子場の中でエネルギーが崩壊し、とても小さな粒子になります。そして、それらが自分の「大きな世界」を再構築し始めます。自分の世界は、自分の電話番号、自分の振動数を反映したものです。自分の人生の中に存在するあらゆるものは、自分の振動数を反映したものです。したがって、自分の振動数が変われば、自分の現実はそれに応じて変わらざるを得ません。
私がここで教えていることは、単なる哲学にすぎません。あなた方はそれを実際に体験する必要があります。
フィーリングとは、過去にそれを体験したことがある場合にのみ、生じるものです。つまり、フィーリングは過去のものです。まだ体験したことのない未来は、どのような「感じ」がするか、まだわかりません。
変化に際して脳の中で生じる「恐れ」は、古いパーソナリティー、古いプログラムが生み出すものです。新しい知識を得るまで、私たちはそれらの古いプログラムに基づいて自分自身を定義しています。多くの場合、私たちはこの恐れによって、新しい体験や新しい可能性を否定してしまいます。
私たちは様々な体験を夢見ますが、それが現実化しない理由は、私たちがその新しい体験を、「このように感じるはずだ」というふうに既に感じてしまっているからです。また、古いプログラムがもたらす「恐れ」によって、「これはいい感じがしない」というフィーリングが生じ、新しい思考やアイディアを全て否定してしまいます。
新しい地区に移ろうとして過去に戻ってしまうのは、新しい場所がどんな場所なのかをあらかじめ「評価してしまう」ことによって起こります。未来を評価することなどできません。未来はすべて未体験のものであり、制限された過去の観点からは決して評価できません。
したがって、あたがた宣言している「新しい自分」は、何のフィーリングももたらしません。あなたはそれを、強い意図とともに「抽象的に」宣言する必要があります。それを言い続ければ、私が「グリター」と呼んでいる感覚が生じます。それは、背骨を通して喉まで上昇してくるエネルギーであり、そのとき、自分が地面から浮き上がるような感覚を味わいます。
体内のエネルギーは、古いプログラムによって固定されていますが、私たちが新しいプログラムを起動させれば、固定されていた体内のエネルギーが解放されます。これが、「グリター」をもたらしますが、これはクンダリーニ・エネルギーそのものです。
未来というものは、「感じる」ことはできません。未来を「感じて」しまえば、私たちは過去を再び生きることになってしまいます。
フィーリングは化学物質に基づいたものであり、既に体験された古いものです。したがって、私たちは「どう感じるか」ということを脇に置いて、「抽象的に」これをやる必要があります。「グリター」はフィーリングではなく、エネルギーの動きであり、変化が起こっている証拠です。人によっては、「グリターを感じた」というふうに表現するかもしれませんが、それは厳密に言えば正しくありません。私たちは絶対に、未来に過去をくっつけるべきではありません。
もちろん、フィーリングを使って現実化することもできますが、それは未知の体験ではなく、過去の再体験にすぎません。
私たちには知識が必要ですが、人々が知識を実際に体験していないのを見るのはとても残念なことです。誰でも簡単に哲学を話すことができ、実際、多くの人々が哲学を話すことを楽しんでいますが、それは古い宗教が新しい宗教に置き換えられただけです。
ラムサと彼の教えについて、人々は色々なことを言っていますが、それらは全て他人から聞いたり本で読んだものにすぎず、自分で体験したものではありません。人々がそれらを自分で体験し、自分の現実とすることこそが、重要なことです。それこそが、私たちが世界を変える方法です。